教育を通じた貧困削減―その方策

教育にもっと重点を置く必要がある。というのは、ほとんどの貧困削減策はその対策の先頭に立つ人材がどれだけいるかに依存するからだ。

イドリッサ・B・ムショロ IDRISSA B. MSHORO
アルディ大学(タンザニア、ダルエスサラーム)副学長

全ての国に共通する貧困の標準的な定義が厳密に定められているわけではない。所得分配の不均衡の観点から貧困を定義する場合もあれば、貧困に伴う悲惨な生活条件の観点からの定義もある。しかし、サハラ以南のアフリカでは、そのような定義上の違いとは関係なく、あらゆる基準から見て深刻な貧困が広範囲に広がっている。この地域の国内総生産(GDP)は一人当たり購買力平価ベースで1,500ドルを下回り、人口の40%以上が1日1ドル未満で暮らしている。医療や教育環境が劣悪なため、生産性が上がらない。2009年の『人間開発報告書』によれば、平均余命、教育到達度、所得に関する指数を総合して発展の度合いを示す指標である「人間開発指数」は、世界の他の地域では0.7を上回るのに対し、サハラ以南アフリカは0.45~0.55である。サハラ以南アフリカにおける貧困は、経済開発の恩恵が住民のもとに届かない限り悪化し続けるだろう。そこで、一部のサハラ以南諸国では開発のビジョンと戦略を策定し、それぞれの成長の源泉を特定している。

タンザニアのケーススタディ

その一例として、「タンザニア開発ビジョン2025」は、中期的な枠組みを通じて生産性の低い農業経済を半工業化経済に転換させることを目指しており、その最新の枠組みが「成長と貧困削減のための国家戦略(NSGRP)」である。タンザニアの「貧困・人間開発報告書2009」にまとめられているNSGRP実施状況の評価によれば、GDP成長率が2004年の7.8%から2006年の6.7%に下降した原因は、2005年から06年にかけて長期に及んだ旱魃にあるとし、2009年には世界的金融危機の影響でさらに5%まで落ち込むと予測している。貧困ライン以下で生活する世帯の割合は2000年の35.7%から2007年には33.6%とわずかに減少したものの、人口増加のペースのほうが早いため、実際の貧困者数はむしろ増えている。2009年の『人間開発報告書』にも同様の傾向が示されている。タンザニアの人間開発指数は1990年の0.436から2007年には0.53に上昇し、同年の一人当たり購買力平価ベースのGDPは1,208ドルに達した。ここでもやはり、この改善は評価には値するにしても、NSGRPの目標や、2010年及び2015年までに1日1ドル未満で生活する人々の割合を半減させるというミレニアム開発目標1に照らせば、やはり限られた改善でしかない。

したがって、状況を正すには、教育に特に重点を置いたもっと入念な取組みが求められる。ほとんどの貧困削減策は、その対策の先頭に立つ人材がどれだけいるかに依存するからだ。期待される経済成長は、土地、天然資源、労働力、技術を含めた投入資源の量と質によって決まる。投入資源の質は、人間が持つ知識と技能に大きく依存する。そのような知識と技能こそが、革新や技術の開発と移転、生産性と競争力の向上の基盤なのである。

2010年6月に行われたタンザニアの教育統計の簡易評価によれば、初等学校就学児童数は2006年の7,959,884人から2010年には8,419,305人と、5.8%増えた。総就学率(GER)は106.4%である。しかし、初等学校から中等学校への進学率は、2005年の49.3%から2009年には43.9%と6.6%減少している。中等学校の就学人数は2006年の675,672人から2010年には1,638,699人と大幅に増え、GERも14.8%から34.0%に上昇したにもかかわらず、年間平均にすると初等教育修了者789,739人のうち中等教育へ進学したのは418,864人だけである。また、中等教育就学人数の増加が主に見られたのは第1~4学年で、2006年の630,245人から2010年には1,566,685人に増えた。しかし、普通中等教育の修了者141,527人(年間平均)のうち、上級中等教育に進むのは36,014人しかいない。一方、高等教育レベルでもいくらかの改善が見られる。2004/05年には37,667人だった大学在籍者数は、2009/10年には118,951人まで増えた。

この数値に加え、2009/10年の大学以外の高等教育機関の学生数は50,173人を数え、高等教育の総在籍者数は169,124人に達している。しかし、それでもGERは5.3%ときわめて低い。

ここに表れた進学率から読み取れるのは、タンザニアでは平均で毎年370,875人の初等学校児童が13~14歳のときに就学を終えているということだ。17~19歳の中等学校修了者がその先の教育の機会を得られないことがさらに状況を悪化させており、中等学校修了者の育成と地位向上のための機会が他にない限り、全体として経済成長にマイナスの影響が及ぶのはきわめて明白である。職業教育訓練はそのような機会の一つになりうるが、タンザニアにおける現在の職業教育在籍者総数は約117,000人で、現実のニーズにはるかに及ばない数である。したがって、職業教育訓練を提供する能力を拡充し、増え続ける非就学青年の雇用可能性を高めるための長期的な戦略がきわめて重要になる。このことは2006年のタンザニア総合労働力調査からも明らかだ。この調査が示すところでは、15~24歳の青年は何の技能も職業経験もないまま労働市場にはじめて参入するため、失業率が他の年齢層に比べて高いのである。2000/01年に12.9%だった失業率を2010年までに6.9%に低下させることがNSGRPの目標だったことからすれば、2006年の失業率11%というのは落胆させられる数字であった。

基礎教育の就学率が将来への見込みを感じさせる一方で、その他の面では依然として貧困削減目標の達成に程遠い状況であることは、一見して明らかである。また、タンザニアでは大学在籍率が著しく低いのに加え、そのうち理工系課程を履修する学生が29%しかいない。これはおそらく、その前の教育段階で進学予備軍の人数がそもそも少ないせいだろう。こうした現状のなか、広範囲にわたる持続可能な成長には農業と工業の結びつきの強化が求められる。生産性と収益性向上のための農業の近代化、農産物加工・技術革新・価値付加技術の利用向上に特に重点を置いた中小企業の促進、そして環境に及ぼすマイナスの影響を最低限に抑えるためのあらゆる対策が必要である。エネルギー、情報通信技術、及び輸送のインフラを、経済的潜在力のある農村部その他の地域の開放に特に留意しつつ効率的かつ費用効果的に提供することに重点を置いた、人材と物的資本への投資の増大も強く求められる。これらは全て、科学技術分野の教育の促進の必要性を示している。成長の加速を目指す投資を誘致するための優遇措置も重要だ。他地域の実例が示すところによれば、海外直接投資が効果的に経済成長に寄与するのは、その国に教育レベルの高い労働力がある場合である。また、国内企業を支援し、製品開発や品質確保のための革新と、グローバル市場における競争力と対応能力の獲得のための適切なマーケティング戦略に目を向けるよう働きかけることも必要である。

以上に紹介したタンザニアの例から明らかなように、成長と貧困削減のために求められる対策の多くには、持続可能な開発を目指す国がかかえる課題に効果的に対応できるように、教育を受けた良質の人材がさまざまな層で必要数に達することが肝心なのである。