持続可能性を推進する手段としての教育

農村住民が故郷を離れ、住み慣れた地域や自然環境からも遠く離れた場所へ移住することを余儀なくされたとき、彼らやその文化がどうなるかについて理解を深めることも必要である。

ベン・ウィズナー BEN WISNER
カリフォルニア州立大学ロングビーチ校国際学ディレクター

私たちは誰もが同じように気候変動による環境と人類の破局に直面しているという考え方は、アル・ゴア元副大統領による映画『不都合な真実』などのメディアイベントによって広められている。しかし、これは現代の神話の一つであって、断じて真実ではない。気候変動とそれが文化の健全性、伝承、多様性に及ぼしうる影響についてきちんと考えるには、今日の地球上の人々の間に見られる著しい格差に注目する必要がある。

勝者と敗者の識別が急務

気候変動は勝者と敗者を生む。特に大きな影響を受けるのは、アフリカとそこに暮らす貧しい人々である(i)。彼らとその政府は、気候変動の影響を緩和する資本集約的な措置を講じるための技術的リソースや財源をごくわずかしか持たない。たとえば、アフリカの農業で灌漑が利用されているのはわずか1%である(ii)。サハラ以南の農村部の住民の大半は、今なお雨ありきの農業と畜産に依存している傾向がある。中国北部や南アジア、東南アジアの一部、中央アメリカ、アンデス諸国の農村部の住民もかなりの数がこれと同じ状況にあるが、これらの地域の大半では、各国が農村部住民の生計手段の適応を支援する能力をアフリカよりは多く有している。

人々の自発的な適応の把握と支援が急務

気候変動への文化的な適応は、今まさに進行中である。アンデス地方やマングローブ林が連なる東南アジアの沿岸部、アフリカのサバンナの辺鄙な農村部の住民は、適応のしかたを教えてくれる専門家が来るのをじっと待ってなどいない。こうした農村住民が気候変動をどのように理解しているのか、彼らが自らそれにどう対処しているのかを把握することが急務である。これまでは技術的モデル化と国の政策策定に重点が置かれてきた諸国において、自発的適応の把握に必要な参加型実地研究を行う能力を構築する必要がある。

人口移動への備えが急務

気候変動により、農村部の過疎化、賃金のための多国間移動、大規模プロジェクトによる強制的移住、紛争地域からの住民の脱出などの現在の傾向はさらに悪化する。今日、難民や人口移動によって生じる諸問題への対応を数多くの国際機関や非政府組織が盛んに行っている。国連難民高等弁務官事務所や国際移住機関はその一例であるし、国連開発計画には紛争後復旧の問題に取り組む専門家がおり、国連児童基金(ユニセフ)では移住児童への継続的な教育の提供に関する専門知識が構築されている。しかし、これらの機関はいずれもリソースが十分ではない。にもかかわらず、求められる仕事は今後間違いなく増えていく。こうした機関にはさらなる財政的支援が必要だ。

また、農村住民が故郷を離れ、住み慣れた地域や自然環境からも遠く離れた場所へ移住することを余儀なくされたとき、彼らやその文化がどうなるかについて理解を深めることも必要である。世界の専門学術機関や医療センターは、かなり以前から紛争後問題に取り組んでいる。同様に多くの開発研究センターでは、雇用戦略、住民への新たな生計手段の再教育、雇用創出に関する研究を行っている。「文化精神医学」と呼ばれる専門医療分野では、ある文化から別の文化へ移住した場合の影響を取り扱うが、治療は個人が対象で、文化そのものや、その伝承や存続への影響に関与するものではない。この分野の問題を実際的な観点から研究する地域センターの構築もまた、至急の優先課題である。

提言

以上に概観した主要な問題に鑑みて、具体的な提言として以下の9点をあげたい。

  1. 気候変動に関する現地住民の知識や考えと、環境の変化に生計手段を適応させるための住民の試みを把握する能力を地元に構築する。
  2. 過去にも起きた非常事態や危機にどう対処したかについての話を高齢の世代から聞き取る。対処・適応のための住民の過去の取り組みについての口承史を理解することは、現在と将来の対応策への鍵となりうるが、こうした歴史は失われつつある。
  3. 農業普及員、獣医や家畜専門家、水道関係の技師やプランナーなどを、地元の知識を評価し尊重するように教育する。
  4. 政策立案者に対し、近代化主義的または植民地主義的な偏見を排し、地元の知識を単なる進歩への障害として見なすことをやめ、それを評価・尊重するよう指導する。
  5. メディア関係者に対し、文化的多様性を生物多様性と同じような社会全体のための資源とみなすよう指導し、地元の知識と外部専門家の知識の対話にもとづく革新的な気候変動への適応策の創出を可能にする。
  6. 開発に際して女性と子供に特に配慮するための現行の取り組みと、気候変動についての認識を統合する。これには雇用やマイクロクレジットのほか、エネルギー技術と林業、医療、食糧安全保障、水供給、衛生設備の分野での努力が含まれる。気候や非常事態への対処法に関して女性や子どもが持つ知識は、真剣に把握すべきである。
  7. 農村住民が大規模プロジェクト地区からやむを得ず移住させられた場合の文化的影響の評価と対応策を実施するための取り組みを倍加する。
  8. 少数言語使用者のニーズに配慮しつつ、気候変動を学校のカリキュラムと教材に取り入れる。
  9. 強い沿岸暴風雨、洪水、豪雨による地滑り、海面上昇による被害を受ける可能性のある特別な文化的意義のある歴史的建造物を特定し、その保護や移設のための措置をとる。この取り組みは、その建造物の文化的意義を特に享受している住民と協議のうえで行う。

(注)
(i)Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, 2007.〔気候変動に関する政府間パネル第4次評価報告書〕
(ii)InterAcademy Council、2004.