教育はモバイル化できるのか?

「モバイル・スクール」では、地元のインフラに依存しない移動式のコンピュータラボと図書館を用意し、比較的低コストで村々を巡回する。

アレクサンドラ・ヴュイッチ ALEKSANDRA VUJIC
スリ・マダヴァナンダ世界平和評議会及びオーストラリア日常生活ヨガ協会のメンバー。
後者は国連経済社会理事会に協議資格を有し、国連広報局に登録のあるNGO。

教育を受ける権利は、経済権、社会権、文化権、公民権、政治権といったその他の権利を実現するための前提条件であり、したがって基本的人権である。教育を受ければ社会移動が可能になり、労働市場の競争を勝ち抜くことができる。その権利の実現は、貧困の克服と人間としての尊厳ある生き方につながる。教育を受ける権利が普遍的で、相互依存的で、相関的で、かつ不可分な権利であれば、性別や経済的・社会的地位にかかわらず、全ての人に公平な機会が与えられるべきである。

教育を受ける権利を推進する最初の試みとなったのは、1948年に採択された「世界人権宣言」の第26条である。その後、ユネスコが1960年に採択した「教育における差別待遇の防止に関する条約」と1966年の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(CESCR)」が、この権利を広範に盛り込んだものとしては最初の法的拘束力のある国際的枠組みとなった。CESCR第13条は国連加盟国に対し、全ての者に対する無償の義務的な初等教育、一般的に利用可能な中等教育、及び同様に利用可能な高等教育を受ける権利を認めることを義務づけるとともに、全ての段階にわたる学校制度を確立すること、十分な奨学金制度を設立すること、教師の物質的教育環境を不断に改善することを誓約させている。

それから60年後に採択された「国連ミレニアム宣言」は、加盟国に対し、世界の全ての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにすることを求めた。にもかかわらず、2007年の統計データは、「世界人口の6分の1にあたる約7億6000万人が読み書きができない」ことを示している(i)

農村部に住む子どもの非就学率は都市部の子どもの2倍に及び、「農村部と都市部の格差は特に女子の教育において大きい」ことが指摘された(ii)。十分な読み書き・計算能力も基本的な生活技能も身につけないまま学校を離れていく子どもが少なくないことを考慮し、ユネスコが主導する「万人のための教育」イニシャティブの目標2では質の高い初等教育を、目標6では可視的で測定可能な学習成果が全ての者に達成できるよう、教育の全ての局面で質を改善し、卓越性を確保することを求めている。

教育を受ける権利、とりわけ質の高い教育を受ける権利を実現することは、世界規模の対応と、国、政策決定者、市民社会による共同の取り組みが必要な世界全体の問題であることが明らかになっている。問題は、教育における21世紀の進歩を全ての人々に分け与えることは可能なのかという点である。それが可能であることを示す数少ない実例がある。

インドの「ギアン・プトラ」プロジェクトは、初等教育の完全普及の達成を目指すミレニアム開発目標2を支援するもので、ヨガの指導者マハマンダレシュワル・パラマン・スワミ・マヘシュワラナンド・ジ・マハラジの発案により、世界各地の日常生活ヨガ協会の管轄の下、ラジャスタン州西部のパーリ地区ジャダンで実施されている。このプロジェクトでは、十分な訓練を受けた初等及び中等学校の適格な教員を雇用し、コンピュータ設備のある53の近代的な教室のほか、理科実験室、最先端の体育施設、設備の整った図書館を備えている。農村部の生徒や社会から取り残された生徒は無償教育を利用できるだけでなく、もっと環境に恵まれた生徒と同等水準の教育を受けられることが必要だというのが、このプロジェクトの考え方だ。女子生徒全員を含め、金銭的手段のない生徒は無償で授業を受けられ、通学費や制服、教科書、文房具も学校側が手配する。

農村部や後進地域では学習到達度が低く、中退率が高いうえ、情報技術教育や図書館設備もないが、日常生活ヨガ協会では、村落部の学校の第8学年(日本の中学2年に相当)までの生徒を対象とした「モバイル・スクール」の取り組みを通じ、27の村に活動を広げる予定である。「モバイル・スクール」では、地元のインフラに依存しない移動式のコンピュータラボと図書館を用意し、比較的低コストで村々を巡回する。この取り組みには次のような特徴がある。

  • 24時間の電力供給がある中央拠点で夜間に充電しておいたノートパソコンを使用することで、電力の制約をなくすとともに、情報通信技術(ICT)を通して、より高度な自主学習の場を獲得し、またそうした学習への意欲を高める機会を生徒に与える。
  • 協会の世界的ネットワークからソフトウェアや学習プログラムにアクセスすることにより、具体的な学習目標のある生徒に質の高い最新の教材を提供できる。
  • 良質の教育と、特に読み書き能力、計算能力、基本的な生活技能の分野における高い学習成果を、ICTと図書館・読書プログラムを併用した総合型プログラムにより実現する。
  • 写真やビデオなどのメディアを利用し、生徒たちが周囲の環境や衛生、自己開発、対人関係などについて学べるようにする。
  • 高度な教育と研修を受けた質の高い教職員を採用し、よりよい学習体験を可能にする。
  • 教育の専門家と地元の補助員を組み合わせた教職員スタッフを配置することにより、各地の事情を考慮に入れたより「現実的」な授業内容を導入する。
  • 教員研修により、教員が性別問題に適切に対処し、女子にも男子と同じ水準の教育を受ける意欲を持つよう促す(逆も同じ)ことができるようにする。
  • 女子生徒には自宅近辺の安全な環境で質の高い現代的な教育を受ける機会を与える。農村部ではどのような種類の教育でも、交通手段、安全性、社会統合、将来の利益は、娘に教育を受けさせるかどうかの親の判断に影響する主要な問題である。
  • 現代的で刺激的、かつ社会的意義のある教育経験を提供することにより、初等教育の全課程を修了し、さらに上の学校に進学したいという意欲が子どもたちに生まれる。

「モバイル・スクール」の取り組みは、最も恵まれない子どもたちの教育成果の向上を目指すシンプルながら画期的かつ効果的な手段である。これによって、きわめて孤立した村落にも質の高い教育を導入し、現状のインフラを利用しながら、政府の学校制度と市民社会の連携関係を築くことができる。村落部の就学率を向上させるとともに、教育が生活の質に目に見える変化をもたらし、生徒たちの将来に新たな道を開くということを親たちに納得させるための手段でもある。社会の進歩から取り残された農村部の子どもたちに、農村部特有の事情にも配慮しながら都市部の学校と同等水準の教育を提供すれば、教育成果と就学率が向上し、自己開発が促進されるであろう。

「モバイル・スクール」プロジェクトは農村部コミュニティのニーズを満たす実際的で実行可能かつ経済的な方法であり、ミレニアム開発目標(MDGs)達成への道を開くものである。そして、ドーハ宣言で各国首脳が示した、現在の金融危機と世界的な経済停滞はMDGsの達成、特に最も貧しく最も脆弱な人々のニーズの充足を脅かしかねないという懸念に対応する手段でもある。市民社会の既存の対応能力とリソースをいかにして最大限に活用できるかを例証するプロジェクトなのだ。

何より大きいのは、「モバイル・スクール」プロジェクトは地理的にどのような場所でも実施でき、持続可能だという点である。就学率を高め、性別格差を減らし、恵まれない層の教育を受ける機会を広げるための一つのモデルなのである。

(注)
(i) Thematic Papers on the Millennium Development Goals, 2010, UN Development Group.
(ii) Millennium Development Goals Report 2010.〔邦訳:「国連ミレニアム開発目標報告2010」〕