全ての人に教育を:難題に立ち向かう

「戦略的な優先課題を定める行動を今起こさなければ、2015年になってもまだ6900万人の児童が学校に行けず、7億9600万人の成人が非識字のままだ。そのような事態を許してはならない。」

イリナ・ボコヴァ IRINA BOKOVA
国際連合教育科学文化機関事務局長

学校の場所が45日ごとに変わる。子どもが学校へ通うのではなく、学校が子どものところに来てくれる――そんなことが想像できるだろうか? モンゴルの大草原では、実際にこれが行われている。遊牧民族コミュニティ向けに政府が提供する移動式テント学校だ。

もっと北にある極限環境のシベリアや、もっと南の砂埃が舞う灼熱のケニアの平原でも、遊牧民族の子どもたちは親たちの世代より多くの教育機会を与えられている。こうした各地の特殊な事情に合わせたアプローチは、国際社会が「万人のための教育」の2015年達成を目指すと決めてから10年経った今もなお学習機会のない子どもたちに手を差し伸べるための打開策である。ダカールの世界教育フォーラムで採択された6つの目標(うち2つはミレニアム開発目標([MGDs]でもある)は、就学前から初等・中等教育、青年向け職業教育、成人のための識字教育にいたるまで、教育の領域全体をカバーしている。

何百万人もの子どもや若者にとって、これらの目標は本当の意味で変化をもたらしている。この10年の間に、4200万人もの児童が新たに初等学校に入学し、なかでも女子はかつてないほどの多数が恩恵を受けている。南アジアと西アジアでは非就学児童数が半分以下に減り、サハラ以南のアフリカでは28%減少した。

これが実現したのは、各国政府が教育を国の優先課題に掲げたためである。授業料の廃止、教員の採用、農村地域での校舎建設、給食(一日の食事がこれだけという児童も少なくない)、最貧困世帯の児童への補助金支給などが各国で実施されている。また、奨学金の導入、コミュニティキャンペーンの展開、農村地域への女性教員の配置、女子専用トイレの校内設置などを通じて、女子に対する機会均等化の取り組みも行われている。インドなどでは、教育は無償かつ必須の基本的権利であることを定める法律の強化も行われた。

これらの進歩は、先の目標が現実的で達成可能であることを証明している。こうした取り組みを私たちは奨励し、共有し、反復していかなければならない。しかし、2015年の目標を達成するには、さらにもっと思い切った行動が必要だろう。

初等学校に通っているべき児童のうち、7200万人もが就学していない。さらに、中学校年齢では7100万人がやはり未就学である――これはやがて低技能、若者の失業、社会からの排除という問題につながる。非識字成人は7億5900万人(世界人口の16%)という驚くべき数にのぼる。利用できる学習機会のないこうした成人は、生涯にわたって不利な立場に置かれることになる。

戦略的な優先課題を定める行動を今起こさなければ、2015年になってもまだ6900万人の児童が学校に行けず、7億9600万人の成人が非識字のままだ。そのような事態を許してはならない。教育を開発課題の最上位に押し上げるには、今以上に積極的な主張、強い政治的意志、優れた計画立案、堅実な政策が求められる。

証拠は揃っている。教育は健康、栄養、雇用、市民意識に直接的な影響を及ぼすのである。教育は全てのミレニアム開発目標(MDGs)の達成の原動力となる。なぜなら、人々は教育を通じて貧困の連鎖を断ち切り、将来の人生のチャンスを切り開くための知識と技能を身につけることができるからである。

政府と国際機関が緊急に行動を起こすべき主な優先課題として、次の三つがあげられる。

1 万人のための教育の達成に向けた最大の課題の一つは「不公平」である。

教育を受ける権利を享受していない児童がいるのは偶然ではない。最貧困層にあたる20%の世帯では女子の非就学児童の割合が男子の3倍を超えるという状況では、とても成功とは呼べない。また、障害、性別、マイノリティという身分、言語、緊急事態などが教育からの排除の原因になっている状況も然りである。現在はまさにこうした状況にある。出発点となるのは、機会を逸している子どもを残らず見つけ出し、その理由を把握することである。就学の費用は手が届く範囲なのか? 社会から取り残された周辺的コミュニティの近くにも学校があるか? 教育課程に十分な柔軟性があるか? バングラデシュやカンボジアでは、社会から取り残された児童への助成が性別格差の縮小と中等学校への進学増加に大きな役割を果たしている。ボリビアでは、クラスタースクール制度により先住民族児童の教育アクセスが拡大した。国や地域を問わず、公平性を政策上の優先事項とし、それを責任遂行と成功の尺度としなければならない。

2 二つ目の大きな課題は「教育の質」である。

机や黒板、筆記具、教科書、電気、衛生設備、水道など、ごく基本的な要素すら備えていない学校が多すぎる。なかでも重大なのは、有資格の教員(これはどの国においても最重要の教育資源だ)がいないことである。その結果、あまりにも多くの生徒が、6年以上学校に通っても基本的な読み書き技能や計算技能を身につけられずにいる。ここにもやはり「不公平」の問題がかかわってくる。親の収入や学歴、家庭で使う言語などの要因は、学習到達度の格差と強い相関性があるのだ。解決の糸口となるのは、遅れている児童を特に対象とした学習効果向上プログラム、民族的・言語的マイノリティの児童に対するバイリンガル・異文化教育、障害児をもっと積極的に受け入れる学習環境である。それと同時に、教員に対する十分な研修、賃金、キャリア形成、専門的支援を通じ、教職を将来性のある職業に変えることも必要だ。初等教育の完全普及を2015年までに実現するためだけでも、190万の教員ポストを新設する必要があるからである。

3 三つ目の優先課題である「財源」は、教育危機を解決する鍵である。

先の経済・金融危機により、各国政府が置かれる環境全体が変わったのは明らかである。政府の教育支出削減により、子どもを退学させるか、最初から学校へ行かせない選択をせざるを得なくなった親たちもいるはずだ。

国の政府は依然として最大の資金拠出者であり、教育に使える財源を増やすためにさらに努力できる政府も少なくない。しかし、教育制度が急速に拡大している諸国では特に、それだけでは課題に十分に対応しきれない。ユネスコの試算によれば、低所得諸国において「万人のための教育」を達成するための財源の不足分は年間160億ドルにのぼる。

開発とはパートナーシップである。10年前、ダカールに集まった富裕国は、「万人のための教育」の達成を真剣に目指す国には、財源不足を理由に達成できないことがないよう、支援を約束した。しかし、基礎教育を対象とした援助額は43億ドルにとどまり、年間の必要額を大きく下回っている。

危機の時代には連帯と革新が求められる。私は約1年前に現職について以来、国連内でも、世界中の国家元首や政府首脳に対しても、教育への支援拡大を一貫して訴えてきた。教育機会の拡大を願う世界中の何百万人もの声を集めた「1GOALキャンペーン」も支援した。2010年11月に韓国で開催されるG20ソウル・サミットでは、開発アジェンダと経済回復にとって教育がきわめて重要であることが認識されるよう強く願っている。

FIFAワールドカップ南アフリカ大会に際し、2010年7月11日にプレトリアで開催された教育サミットで同国のズマ大統領が明言したように、「いかなる国にとっても将来への最も重要な投資は教育」である。教育はユネスコの最優先課題でもある。「万人のための教育」に向けた調整を担う国連機関として、ユネスコは質の高い教育システムの開発ができるよう各国を支援するとともに、あらゆる機会を捉えて開発アジェンダにおける教育の位置づけを高めていきたいと考えている。政治的意志と適切な政策があれば、教育障壁はなくすことができるし、必ずやなくなるのである。中国の格言は次のように説く。「明日の計をたてる者は米を植えよ。10年の計をたてる者は樹を植えよ。生涯の計をたてる者は人を教育せよ」。